阿弥陀経に聞く 極難信の法から問われる信  著者:藤場 俊基

  • 800円(内税)
サンガ聖典シリーズ2
『阿弥陀経に聞く ー極難信の法から問われる信』著者:藤場 俊基

2003年真宗大谷派仙台教区「学仏道場」講義録を復刻。藤場俊基師による『阿弥陀経』講義をついに復刻!!
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A5サイズ 92頁 5000円以上御購入で送料無料。

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(本書より抜粋)

 「この難信という問題には二つの次元があります。一つは、「ただ念仏しなさい」と言われても、なかなか素直に信じられないということがあります。それは私自身も直接に経験したことです。この教えを聞き始めた頃、私が理解できた範囲でしかありませんが、親鸞聖人のおっしゃっていることはとてもすごいと思いました。しかし、そこから「念仏しなさい」と言われると、何か強烈な反発を覚えました。「しなさい」と言われて素直に念仏すること、これもなかなか難しいことです。ただ、この難しさについては誰でもすぐに理解できます。
 もう一つの難しさは、なかなか気がつけません。これもまた私自身のことですが、お念仏に対する反感が転換するような、いわゆる回心と言われる体験が私にもありました。そうしますと、「自分は浄土真宗の要に出遇ったぞ」という、いわゆる自負心のようなものが出てくるわけです。つまり、自分が回心を体験したというところから、その次には、あの人はまだ回心していないとか、あの人の領解は少しおかしいとか、そういう意識が起こってくるのです。そういうことを得意気に言うような人間になっていたのです。難関をくぐり抜けたという意識が、何かそういうことをいろいろ言いたい気持ちを引き出してくるわけです。
 そういう状態になりながらも、一方では、そのことにまた何か違うぞというような意識もありました。自分でそう思ったというよりも、「お前は舞い上がっているだけだ」というようなことを最初は友人から言われました。その言葉にムキになって言い返したりしながら、そのことが気になり始め、これで果たしてよいのかということも問題になり始めました。回心して気持ちが楽になればそれでよいのか。それが果たして浄土真宗が本当に願っている在り方なのだろうかということです。
 信心が大事だ、そしてそれが自分のものになったと思った瞬間に新たな落とし穴が待ち構えている。こういう二段構えと言いますかね。こういうことが「難信」という問題にあるのだと思うのです。」


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目次

親鸞の問題意識を考える
『観経』における顕彰隠密の義
『阿弥陀経』が説かれる背景
「仏説」であることの根拠は何か
お念仏するぐらいで、どうしてたすかるのか
『阿弥陀経』を読む私の位置
『阿弥陀経』を読む親鸞の視座
『阿弥陀経』の一心について
『阿弥陀経』の隠されたメッセージ
如来は、信心獲得した人しか救わないか
「極難信の法」の意味するもの
信心なくば、いたずらごとか
本願はどこに成就しているのか
念仏は本願の現行である
勢観房・念仏房は私である
親鸞における龍樹の位置
念仏者誕生の意味




著 者 略 歴 
藤場 俊基 (ふじば としき)
真宗大谷派常讃寺住職。1954 年石川県石川郡白峰村( 現白山市) に生まれる。
早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。三和銀行で5 年間勤務。大谷専修学院
修了。大谷大学大学院博士課程(真宗学専攻)単位取得。
(主な著書)
『顕浄土方便化身土文類の研究―弁正論―』(文栄堂)
『親鸞の教行信証を読み解く 機銑后戞別誓仆馘后
『親鸞の仏教と宗教弾圧』(明石書店)
『親鸞に聞く阿弥陀経の意』(樹心社)
『『阿弥陀経』に聞く 極難信の法から問われる信』(響流書房・電子書籍)
『『教行信証』の現代的意義 不確かさに生きる一歩』(響流書房・電子書籍)
型番 b0008
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